里の繁華街に出てみると、甘い香りがそこかしこから漂ってきた。
女性たちの嬉々とした表情。その手に握られたものを見て、ああ と心で納得の声を上げる。

もうそんな時期なんですね。

すぐに脳裏を過ぎったのは、ちょうど去年の彼の姿。

よし、いつもお世話になっているあの人に 今年こそ。
自然と口元に笑みが浮かぶ。

喜んでくれるでしょうか・・・。

 

 

 

 

 

「あーーーーー…っ だる!」
「こら。くれた娘たちに失礼だろ」

もっともらしいことを言いつつも、爛れた左頬を巻き込んでライドウが笑う。
ゲンマはそれをちらりと横目で見て、はあ と力なくため息をついた。
その腕の中には色とりどりにラッピングされた小箱や包みがひしめいている。
2月14日、今日という日にも関わらず浮かない顔のゲンマに、ライドウは先程からの疑問を投げかけた。

「どうしたんだよ?まんざらでもないカオしてんのに、毎年」
「どうしたもこうしたもなぁ…」
「そんなにもらっちまって。まだ足りないってか?」
「ンな訳あるか。見られたんだよ、さっき」
「何を?」

「コレもらってるトコを。 …ハヤテに」

ゲンマは苦々しく唸った。
対して、ライドウはますますわからないという顔をする。

「ハヤテに?俺だって見たぞ、二回も」
「…もういい。なあ、お願いだからコレもらってくれねえ?」
「はあ?そんな空しいことするか!自分でもらったもんは最後まで責任持つんだな」
「頼むよライドウ〜」
「いやだ。俺はこれから打ち合わせだから。じゃあな」
「おい……っ」

ゲンマは止めようと咄嗟に腕を伸ばしたものだから、数個、チョコレートが床に上にばらまかれた。
薄情な奴め、と去っていった親友に悪態をつきながら緩慢な動作で身を屈めた。
最後の包みを手に取ったところで、ふとそれを眺める。
なんとなく伝わってきた手ざわり、これは生チョコだろう。
きれいにかかった青色のリボンと装飾。
そう、これを受けとった場面をハヤテに目撃されたのだ。
俺がその姿に気づいたときハヤテは一瞬驚いたような顔をして、しかしすぐにそそくさと通り過ぎていってしまった。

「だせえなぁ……」

情けなさすぎて、ため息が出る。
こんな風に誰かの目とか評価を気にして、落ちこむ日がくるとは思ってなかった。
それと同時に近頃の自分らしからぬ、どうも落ち着かない気分に やっと合点がついた気がする。
認めたくなかったが…どうやら
俺はハヤテに、本気で惚れているらしい。

もっと早くそうと自覚していれば、他の人間のチョコレートなんて受けとっていなかった。
断言できるほど、俺の中は後悔でいっぱいだ。
馬鹿らしいとおもう。一人で悶々と考えたってどうにもならない種の問題だということもわかってる。
ハヤテにとって俺は、良くても頼れる先輩程度なのだろうから。

もう一度大きく息を吐いた。

さっさとこれを事務室にでも置いてこよう。
例年よりも腕が思い気がするのは量が多いせいではないけれど。

ゲンマはやっと歩き出した。時々すれ違う同僚たちのからかいの言葉も、
作り笑い(しかも苦笑い)でしか答えられなかった。
そして現地点からは事務室はかなり距離がある。
袋でもあれば少しは気が楽に違いない。

廊下の角を曲がる。見通しの良いまっすぐな廊下だ。
そこに今一番会いたくない人物を見つけて、思わず足が戸惑う。
引き返そうか。そんな情けないことを、しかし本気で思った。

「ゲンマさん!」

ぎくりと肩が揺れる。
ハヤテは早足で近寄ってきて、もう無視はできない距離。

こいつの目に今、俺はどう映っているのだろうか。
両手にバレンタインチョコレートを抱えた間抜けな女たらしの姿?

「なんだよ」

居たたまれなくなって、早くここから立ち去りたい一心で、俺は不機嫌な声を出す。
しかしハヤテは、探しました 言いながら白い腕で持っていた荷物の中をガサゴソ探る。
そしてすぐに、その中から大きめの紙袋を取りだした。

「…どうぞ。」

そう言葉を紡ぐハヤテの顔は、心なしか赤い。
俺は何がなんだか、把握しきれずにただ目の前の紙袋を凝視する。

……これは、新手のいたずらか。

そうでもなければこの展開は有り得ない。
裏でアンコあたりが糸を引いてでもいるのだろうか?

無反応の俺(反応したくても出来なかったのだ)に、不安げにハヤテはこちらを窺う。

「あの、ご迷惑でしたか」

その表情を見て、はっとする。

そもそもハヤテは、この手のいたずらに手を貸すタイプではない。
しかしそれでは。この現状はなんだというのか。

(夢でも見てるんじゃあないか)


ハヤテがこの俺に、バレンタインプレゼントをくれるなんて。

「……ゲンマさん?」

まだ動こうとしない俺に、ハヤテの声が再び届いた。

「お、おう。ありがとな」

もっと気の利いたことは言えないのか、と自分を責めたが、如何せん余裕は皆無だ。
けれどハヤテは俺の手に無事に渡ったそれを見て


「…よかった」


そう言って はにかむように笑った。

( …重症だ、俺 )

まるでその笑顔が 花みたいだ、なんて。そんなことを素面で考えてしまう俺は。

 

ハヤテから受けとったプレゼントは
重く感じていた腕の中のチョコレートたちよりもよほど

それこそ花びらのように、軽やかに揺れた。

 

 

 

 

 

 

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オチがあります。
甘いまま気持ちよく終わりたい方は先は読まないほうが…。

 

 

 

 

( ―――ん? )

ゲンマの浮かれきった思考に、微かに止めが入る。

 

あまりに……軽すぎる

 

恐る恐る、紙袋の中を覗き込んだ。

「…――ハヤテ…?」

「毎年荷物が多くて大変そうだな、とは思ってたんです。
でもなかなかチャンスがなくって」

微笑したハヤテは見惚れるものだったが、それとは違う理由で頭を鈍器で殴られた時のような眩暈に襲われる。

「遠慮なく使って下さいね。 それじゃあ」

そう言ってハヤテは身を翻し去っていく。
あとには、呆然とその場に立ち竦むゲンマと、その腕の中のチョコレートと、何も入れられていない紙袋だけが残された。

 

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06/3/7

ごめんねゲンマさん…。