古びた戸を引くと、本特有の埃っぽい香が鼻に届く。
なんとなく苦手だ ここに来るたびそう思うのだが、それはこの匂いのせいかもしれない。

狭い資料室の奥まで進む。と、よく見知った黒髪が揺れているのが見えた。それ以外に人影はない。

「こんなとこで何してーんの」

顔を上げた彼ーハヤテは、その真っ黒な瞳に俺を捉えると、すこしだけ目を見開いた。

「カカシさん…。珍しいですね、あなたがここにいるなんて」

なにげに失礼なことを言ってくれる。俺が任務の事前調査もしないで現地に赴くとでも?
(いや、普段は人に任せているのだが今回はたまたま気になっていた事項が書類に記述されていなかったのだ)

「まぁね。ねえ、土の国の纒岳周辺の地形図ってどこだっけ」

「この棚のもうすこし奥です」

「ありがと」

ハヤテがいてくれて幸いだった。
膨大な情報が集められてあるこの空間から必要な情報を取り出すには、使い慣れた者に聞くのが一番である。

ハヤテの横を通り抜ける(その拍子に彼の背に自分の腕が触れた)。

本の背表紙をなぞりながら進むと、程なく目的の物を見つけた。
ぶ厚く和綴じされたそれを棚から引き抜く。と、その隣にあった本が一緒に出てきてしまって
ぱさり、と音を立てて床に落ちた。
俺はすぐに屈んで手に取った。

薄くてちいさい変形版。表紙にはここには不釣り合いな鮮やかな色が舞う。

 

「…『ないたあかおに』?」

「うわっ。いきなり何さハヤテ」

彼は驚いた俺が意外だったのか、苦笑するように笑った。

「ゴホッ、今私も調べ物が終わったんですね。それ、ここにあったんですか?」

「ああ、棚から一緒に出てきた。なんでだろーね」

「…ここは確か、昔はアカデミーの図書室として使われていたそうですから、紛れたんでしょう」

「それにしても、こんな所に童話とはねぇ…」

昔はどうであれ、現在この資料室には中忍以上のみが入室を許されており、貴重 かつ重要な各地の文献資料やら物騒な巻物やらが所狭しと並べられているのだ。

「童話というより昔話の類ですけど。懐かしいですね」

子供の頃でも思い出しているのだろうか、ハヤテは穏やかな目で俺の中の本を見た。

俺は何となしにそのページをめくる。おぼろげだった話の内容が鮮明になっていく。

「これを初めて読んだときの感想、覚えてる?」

彼は俺の突然の問いを受けて、僅かな時間 記憶を辿るように視線を落とした。

 

「…そう、ですね。 たしか妙に感心したのを覚えています。こんな愛し方もあるものなのか、と」

浮かんできた感情を、でも表情には出さず。

「俺はね。馬鹿だと思ったよ」

 

 

 

あかおにくんは、あおおにくんがかいたおきてがみをみつけました。

 

 

 

「大好きな奴のこと勝手なエゴで置き去りにして 悲しませるなんて。
 読んだとき無性に腹が立ってさ」

 

 

 

あかおにくんはなきました。

こえをあげてなきました。

 

 

 

「そんなのは、まるで」

「…まるで?」

 

 

 

相手を守って野垂れ死ぬようなものだと

 

 

 

「ハヤテ!まだここにいたの」

「アンコさん」

 

突如ばん、と音が響きそうなほど勢いよく入って来たアンコに、先の言葉は打ち切られた。

俺もそれ以上言うつもりはなかったからちょうど良い、と こちらを控えめに窺うハヤテにちょっと笑って見せる。

 

「ほらっミーティング始まっちゃうじゃない!」

と言ってすぐ廊下に出る様子は、相変わらず騒々しいというか独特のハイテンションだ。

しかしハヤテは急かされても動こうとしない。

「ハヤテ?早く行かないとまた怒鳴られるよー」

 

「あ、はい。」

物思いから醒めたようだ。彼は出口へ向かって歩んでいったが

戸に手を掛けたところで立ち止まり、振り向いた。

 

「…私はですね、カカシさん。青鬼の気持ちが、わからなくもないんですよ」

しっかりと視線を合わせて 彼は言う

「相手が幸せに生きるためなら、どんなことでも出来る と思うんです。…それがたとえ勝手なエゴでも。」

 

 

 

『きみとぼくがなかよくしていては、むらのひとにばれてしまう。』

『もうぼくがいなくてもきみはにんげんといっしょにいきていけます。  おげんきで』

 

 

 

「ハヤ…」

「ハヤテ!!もう、早くしなさいよっ」

「今行きます」

とうとう轟いた声に、流石にあわてた様子でハヤテは出て行く。

 

 

ひとり残されて、なんだか やられたなあ なんて思って

 

ぽりぽりと頬を掻きながら

彼が閉めていった戸を、見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

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06/1/5

×表記か怪しいカカハヤ。うーんカカシが偽物っぽい…
「泣いた赤鬼」は考えさせる話だと思います。