しんだら、 星

 


彼の話題は突拍子がないな、と時々感じる。
内容が酷く不明瞭だったり抽象的だったりということが少なくないのだ。
そのベースはその白い指が捲る頁の中だけではないだろう、
そんな話題を零すようにぽつぽつと振られるたび、ああこいつはいろんなことを考えてんだなぁと妙に感心する。


「人は死んだら、星になるそうです」
「ああ、よく言うよな」

ハヤテはベランダに出た俺を振り向きもせずに夜空を見上げている。
部屋の中との温度差に俺は思わず身震いし、ハヤテの細い肩に上着を掛けた。
互いの吐く息は白い。
ベランダの格子に背を預け凭れて、話す。
そうするとハヤテの顔は伺えないが、どうせ彼の視線は夜空に釘付けなのだ。
それに俺は、彼の顔を見ない方が、彼は饒舌になるということを知っている。

「本当でしょうかね?」
「さぁ。ロマンチックだとは思うけどなぁ」
「あの星もあの星も…全部が全部、亡き人々の印のようなものだとしたら」

「あれは、墓標。決して忘れるなと言われているような気がします」

あたたかい、と思う。
こんなに寒々しい夜に、俺を見ないで遠くで瞬く星を見上げて、
彼自身の胸に細い刃が掠めるような、静かに重りを足してゆくような、
そんな行為を続けるハヤテの隣はそれでもあたたかい。
伺えない表情は、曇っても歪んでもいないんだろう。
ただ、遠くに馳せる眼をしてる。

「もしも、だ」
もしも、なんてそんな言い方、適切じゃないのはわかってた。
けれどそう前置きしてしまうのは俺のささやか過ぎる抵抗。

「もしもお前が死んで星になっちまったとしても、だ。夜になって見上げて、その空のどっかにお前がいるってんなら俺は慰められるとおもう」
「多分、私はいませんよ。いたとしても遠すぎて解らないでしょうしね…」
「信じるものは救われるっつうだろ」

やっとハヤテは肩越しに振り向いて俺を見る。
真っ黒な瞳に俺のくすんだ髪の色が映り込むのがわかった。
彼の周りの空気が緩んで、呼吸し出す。
隣の温もりはもう、俺に寒さを忘れさせる。

「はは。そうですか、それじゃあ星になった私を見つけてくれますか、ゲンマさん」
「げ。」
「冗談です」
「〜〜〜じゃあお前は俺の星も見つけてくれんの」
「簡単ですよ。夏になればね」
「お前、ありゃあ既存の星だろうが。『死んだら星になる』っつう理屈に合わねぇよ」
「そんな意見にそもそも理屈なんてないんですね」
「あ、おいこら言い出しっぺ」
「あなたが真面目に乗ってくると思ってなかったんです」

笑う。一瞬俺は言葉に詰まる。彼があんまり愉快そうなので。
改めて開いた口は先を越されてしまった。

「あなたがもしも、星になったら」
もしもと付け足すお前の想いは やはり俺と同じだろうか。
ただの仮定でだって戯言だって睦言だって、明日来るかも知れない別離を言葉にするのが
本当はこわいのだ、きっと。

「夜には空ばかり眺めて、昼には疲れた首を休ませることになるんですよ。それと曇りや雨の日も」

「そして星を、墓なのか本人なのかわかりませんが。それでも見上げて、星の見えるところで死ぬんです」


見届けて下さいね そう言ってお前はまた星空に視線を戻す。

俺もゆっくりと顎を上げる。

俺たちに必要なのは、懺悔でも贖罪でもないだろう。

輝き続ける星の光がなんだか染みて、俺は目を閉じた。

 

*****

2006/10/14