空は嫌味なくらい晴れ渡っていて、線香の煙と和尚の声が吸い込まれてった
俺はあの日を忘れない。
「 ある偶然 」
式は恙なく終わったらしい。
ぞろぞろと屋外にはき出されてゆく黒服たちを横目で見て、俺はひとつあくびをした。
これでも仕事で忙しい身の上だ。そのせっかく取れた休日を図ったように、顔も知らない故人の葬式に駆り出されてあまり気分はよろしくなかった。
ほとんどの参列者の年齢は自分の倍は固いはずだ。はっきり言って俺なんかをここに寄越した親父の気が知れない。(しかも理由はお袋とのバカンスときてる)
とりあえず式には出ておけと釘を刺されていた。
いや、だからなんで会ったこともない人の葬式に出て格式張った年寄り共に(特に頭の色なんかを)ひそひそ言われながら念仏聴かにゃあいけないんだ。
その場の平穏の為にも出席する気なんてさらさら無かった俺はとっくに式が始まっている昼過ぎに屋敷を訪ねた。
最初から香典だけ渡して帰ろうと思っていたのだが…美しい庭園を見てすこし気が変わった。
カコン、とどこからか鹿おどしが静かに音を立てる。
思わず呆れてしまうほど広いと見受けられる屋敷に、似合いの日本庭園。まるでどこかの仏閣にきたような錯覚に陥った。
もう後先構わず行動出来るような若さは流石に無く、最近荒んだ空気に疲れていた俺がこの空間で暫し森林浴でもしてみたいと思ったことに罪はない筈だ。
香典返しを受けとりながら、受付をしていた着物姿の婦人に伺いを立てる。
彼女は、綺麗ですよねと言って快諾してくれた。
式も終わったようだし、庭も大方見て回った。
緑が精神を癒すってやっぱり本当だよな、と思いながらそろそろ帰ろうと座っていた石から腰を上げる。
その時になってふと視線を感じて、俺は辺りを見回した。
「・・・あなたは?」
「そういう、お前はだれ」
黒髪の青年。
すこし驚いたように眉を跳ね上げた彼は、当たり前だが喪服を着ていて、ちょっとやべぇんじゃないのってくらいに白い肌が浮き出して見える。
それで気付いた。外から見えるように襖が開け放たれた大部屋の黒服の中に、確かに彼もいた。
「この家の者です」
「それは知ってる、一番上座の列にいたから」
「あなたはいらっしゃらなかったような気がするのですが」
「あんな退屈なもん正座して聴いてられるかっての!ああ、身内のあんたにゃ悪いけど」
庭を勝手に眺めてたよ、と呟けば、目の前の青年は目を丸くして。
「いいえ、死んだ祖父も何より法事が嫌いでした」
笑った。小さく、密やかに。
どうも…調子が狂う。
「親戚の方、ですよね。初めまして。ハヤテといいます」
「不知火ゲンマだ。…しかし、やっぱりあんたがハヤテなのか。若いのに大変だな、なにかと」
「そうでもないです。今はまだ父もおりますから」
「それでも、月光の当主の引き継ぎは終わったんだろう?こんなところにいていいのか、ご息子さまが」
「私がするべき方への挨拶はすませてきましたので、息抜きです。…案外嫌味な方ですね」
「そういうお前も案外。温室育ちのもやしっ子か、話のできねえ堅物かと俺はてっきり。」
屋敷の玄関先辺りからだろう、喧噪が聞こえる。
若い奴のそれと違って、天寿を全うした人物の葬式は深刻さが無くて良いなと話しながら思ってみたり。
「もやしっ子、っていうのは否定できませんけどね。面と向かって本人に言う人も珍しいですよ」
そう言いつつも彼は気分を害した様子もなく、むしろ気持ちが良さそうに目をすこし細めた。
「立ち話もなんですからこちらへ。遠路はるばるお疲れでしょう、不知火さん」
その腕で屋敷の方を示す緩やかな動作に思わず見惚れ。
やはり育ちが違うな、と思いつつもこれも何かの縁かな、と その華奢な背中に続いた。
・ ・ ・ ・ ・
「お前あの頃ネコかぶってたよな、まだまだ」
今思うと、と前置きしてしみじみとそんなことを言い出した男の頭上から、呆れた声音が降ってくる。
「・・・確かいつぞやも言いましたけど、初対面の人にあそこまで明け透けにものを言う人はあなたぐらいなものです」
言いながら、青年は上等な、真黒のスーツに細い腕を滑らせた。
「あーー…、なんかな。あん時はなんつうか・・・お前からかってやりたくなったんだよ」
「内心かなり驚いたんですね、私は。あ、そこのベルト取って下さい」
畳に寝転がっていたゲンマが身を起こす。
スーツ、皺になりますよと渡しざまにハヤテが言うので、へいへいと返事をして、今度は部屋の出窓の縁に腰を下ろした。
涼やかな風が背を撫でていき、目を細める。
あざやかな庭は今も変わらず、いや、前にもまして豊かに育った木陰を投げかけている。
ゲンマはこの屋敷の、この庭園が好きだ。
これに気まぐれでも惹かれた。それが始まりで、今 彼はここにいる。
「七年なんて、あっという間だなあ。葬式で会ったのがついこの前みてぇだ」
くつくつと笑う。視線の先には、身支度を終えたハヤテ。
当時はまだ高校生だった彼が
(聞いたときは驚いた。老けてたってわけじゃなくて、彼の雰囲気はひどく落ち着いていて丁寧で、更にゲンマは感心したものだ)
もう立派に社会人である。
細さも白さも目の下の隈も相変わらずだが、昔のどこか浮世離れした頼りなさのようなものは薄れたように思う。背も伸びた。
「出会いが葬式だなんて、不謹慎すぎて人には言えませんね?」
そう嘯いて、ハヤテは男の首に手を伸ばし、屈んで緩んだネクタイを締め直す。
その目には遊び心。
また一つ変化を見つけて、ゲンマの笑みが深くなる。
「案外お前のじいさんが縁結びしてくれたんじゃねえか?可愛い孫を心配したりして」
「っぷ。また馬鹿なことを。それで言ったらむしろ、祖父にとってあなたは悪い虫なんですね、きっと」
でもあの人はそういえば、愉快犯なところもありましたね、とささやいて、笑った。
ゲンマが座ったままひょいと腰に手を回して引くと、バランスを崩したハヤテが彼の肩に手をつく。
何か言おうとしてまた口を開いた時、大きなエンジン音が聞こえた。
バス、着きましたよ、と。故意に無粋な唇が動く。
「ちっ。・・・行くか、斎場」
不満げな声を受け、ハヤテは空咳といっしょに苦笑した。
毎日命日には、不思議と雲が逃げていくらしい。
目映いほどに明るい空だ。
そっくりに空が青かったあの日。
あの時君と出会えた、偶然は今も続いてる。
神か仏か、彼の祖父にか。誰でもいいから心の中でちいさく感謝を述べて、
一足早く外へ出たゲンマは振り向き、彼の名を呼んだ。
*****
2006/8/16
お葬式で出会った二人の現代パラレル。
どんどん魅力的になっていく恋人に狼狽えればいいさ!ゲンマさん