『 天に在りては願はくは 比翼の鳥と作り 』
… ウ ソ ツ キ …
「やですよ、そんなの」
それは二人連れだって、帰路についているときだった。
空には満天の星が瞬き、里を仄かにてらしている。
ゲンマはその日に西方への長期任務から帰還したばかりで、その地で耳にした土産話をハヤテに話していた。比翼の鳥とは二羽の鳥で一対の翼と眼を共有し寄り添う、その地の古い伝承の中の鳥だという。
民話や伝説の類に興味を示す傾向にある彼が好みそうな話だとゲンマは思っていたのだが、
ハヤテはしばらく黙って耳を傾けた後、そうポツリと言葉をこぼした。
「そうか?いつでも一緒にいられるぞ」
「それでは、一方が墜ちたらもう一方も道連れじゃないですか。そんなの嫌です」
「薄情なことを言ってくれるなって。俺は悪くねえと思うけどな」
そう、さして真剣でない様子でゲンマは嘯いた。
ふいに隣の足音が止む。振り返ると、立ち止まったハヤテが少しばかり不機嫌そうに、眉を顰めてゲンマを見詰めている。
そんな鋭い視線もハヤテのものならば心地よい。
自然とゲンマの口角が上がった。
「…私の言いたいことはお分かりなんでしょう」
ゲンマは何も答えずハヤテに歩み寄る。
本心を語ることが稀な、頑なな恋人に続きを促した。そう 欲しいのは、その言葉の先。
幾分背の高いゲンマの、僅か上からの視線に僅かに戸惑った様子で、ハヤテは口を噤む。
やはり言い淀んでいるらしい。しかし、ここまで来て彼に体の良い言い訳が浮かぶはずもなく。
ゲンマもこの機をみすみす逃がすはずもなく。
わたしは、と。
ゆっくりとハヤテが言葉を紡ぐ。
「私は、あなたに後を追って欲しくありません」
夜空に溶けていく、感情を押し殺した声
「あなたの後は追いませんから」
けれど少しふるえていると思うのは、気のせいじゃない
「…あなたが死んだら、意地でも忘れて見せましょう。 だから、薄情だと思うなら」
ゲンマの手がハヤテの頬に伸びる
ハヤテはその手に己が指を添えた「生きて、下さい」
紡ぎ終えた唇にすぐにゲンマは口吻けた。
ふれるだけの、やさしいくちづけ。「ああ」
揺れる瞳に笑いかけ、その痩身を抱きしめた。
嘘をつくことになるかもしれない。断言なんて出来やしない、けれど
本当に、こいつを置いてあの世になんていけない。
肌寒い北風が吹いて、そろそろ家に向かわなければ二人で風邪を引いてしまう、
そう思いながらも
ゲンマはなかなか腕の中の温もりを離せないでいた。
・・・・・
あなたには生きてほしい。何が何でも、生き抜いてほしい。
それは本心からで、けれど、だからこそ
嘘を つく。
『 忘れて見せましょう 』
上手く、吐いたつもりだった。
淀みなく無機質に、平然と
意地の悪いあなたの視線に答えたというのに
『 ああ 』
あなたはひどくやさしい声で、わたしにやさしく口吻けるから
…忘れられる訳がない、
私はきっとあなたが死んでも、その影を追い続けるのだ
あなたがやさしく抱きしめる
なおさら、私は忘れられない。
道連れなんて、まっぴら御免だ
けれど私は、あなたのいなくなった世界でどうやって生きていくのだろう
終わりが来るのは知っている
その時のことをおもうと唯…唯、空恐ろしくて震えが彼に伝わらないようにと願いながら
私は彼がこの手を引いて歩み出すまで、縋るようにその広い背に腕を回した。
いっそこのまま時が止まれば、なんて
らしくもない、馬鹿な思いに駆られながら。
***
06/6/28
『七月七日長生殿、 夜半、人無く、私語せし時、
天に在りては、願はくは比翼の鳥と作り、
地に在りては、願はくは連理の枝と為らんと。』(白楽天「長恨歌」より抜粋)お題文「ウソツキ」
比翼の鳥は、仲むつまじい「夫婦」の象徴なんですが。もうこの二人は夫婦で良いと思う…。
互いのために言う言葉は嘘だろうと優しいものだな、と。