水底は水面に比べ揺たいずらい。
深海ならば尚のことで、そう
正にハヤテの精神というのはそれだったのだ。
外界から受ける影響は皆無に等しく
穏やかではあるが、それはただ厚い水の壁が波を遮っているだけ。
彼は人に深入りさせず、また深入りしなかった。
あるのは結局、他に対する圧倒的な無関心であり
だからこそ脆い内面を抱いていながら彼はそれを隠して生きてこられたのだとも言える。
そんな事実をハヤテ自身が思考したことが無いはずも無く
そんな自身に突き当たるたび自嘲的にだが受け止めてきた。
そしてまた、自分はずっとこのまま変化することなく生き
先の同志たちと同じく、そう年を重ねず死ぬのだろうな、などど漠然とおもっていた。

執着なんてしなかったのだ。

どこか歪なその性質を空しいと仰る方がおられるに違いないー…けれどともあれ、
それが月光ハヤテその人の物心ついてから近頃までのスタンスであり、彼の自己防衛の術だったのだ。

しかし転機は訪れる。

 

『 今日から特別上忍に配属されました、月光です 』

『 不知火ゲンマだ。あーと、月光?下の名前はなんつうの 』

『 ハヤテ、ですけど 』

 

『 かっけーなぁ 』

 

彼という存在が印象に残ったのは
初めて会ったその日が夏で、里の緑があまりに鮮やかだったせいかもしれないし、
その額宛の巻き方が個性的だったからかもしれないし、
苦笑した表情がひどく様になっていたからかもしれない。

それからハヤテはしばしばゲンマと行動を共にすることになる。
具体的に言うならば、ハヤテがちょうど昼食をとろうとしたときに声を掛けたりだとか、
暇を持てあましたハヤテを誘って外に連れ出したりと、ゲンマはとにかく図ったようにタイミング良く
(それは実際ゲンマがそれと知れぬよう図り、努力した末にハヤテが導き出した評価なのだけれど)
ハヤテの日常に頗る自然にとけ込んでいったのだった。

 

そしていつか
変わらない、そう諦めにも似た彼の胸中は確かに、僅かにだが色を変えた。
彼の心に、深く静かな水底に光が射したのを、いったい誰が気付いただろう?
ハヤテ自身、気付かなかった。
ただ微かに高鳴りだした心臓に、内心狼狽えるばかり。

やっと彼が答えを導き出したときには、もう

ハヤテはゲンマの手によって、暗い水底から引き上げられていた。


気付いたときには、もう穏やかな水の中に舞い戻ることは叶わず、けれど



それでもいいと


ハヤテは彼の腕の中で呟いた。

 

 

 

 

***

06/6/8

お題「水底」
抽象表現楽しいです。