どんな話をした流れなんかなんて忘れた。
ただ、すらりとなぜかこの口は、お前がすきだ、と。その青白い顔をみたまま。
うわ。やっちまった。
瞬間ゲンマはどうしたものか逡巡したが。
「・・・はあ。それで?」
冷静以前の、なんでもないような音。
普段どおりの調子でハヤテはゲンマを見つめかえした。
その様子がどうにも平然としていたので、冗談だ、とか言い間違っただとかの誤魔化しをつらつら考えていたゲンマは一瞬言葉につまる。
拍子抜けした。そして苦笑する、あまりに『らしい』と。
以前、二人でなんの拍子にか同性愛について論じたことがある。
正しくいえばその時は論じるなんてものではなく、ゲンマが感情のままに不快をしめし、ハヤテがそれを諭すかたちになっていたのだが。
木の葉里は性質上どうしても人口比の多数が男だ。
その流れで忍には、ありていに言ってホモが多い。
でもそれでもなんで男かね。ムサくるしいことこの上ねぇなひとりでしてたほうがまだマシだ、つうかそれって自然の摂理に反してるだろう、
と無遠慮に並びたてたゲンマに、
でもすきになっちゃったもんはしょうがないんじゃないですかね、
私たち人間ですし。人って自然の摂理に遠そうですし。
そう、いったい誰をフォローしているのか、ゲンマの言いように少なからず反発を覚えたのか元からの彼の持論なのか。
それとも全部なのか、やんわり、ハヤテはそう言ってのけた。
まーそうだけど。と食い下がったあの時の自分は今のこの状況が信じられないだろうなとゲンマはおもう。
あれから多大な紆余曲折があって今に至ることは自明だが。
そしてその間に、どんなに否定しても消えなかった想いを甘受するという、ゲンマにとっての一世一代の大事業があったわけだが、
実行してみると思いのほかすとんとゲンマの中に落ち着き根を張り続けている。
叶う恋などとは思っていない。
ハヤテは人事としては同性愛を肯定していたが、それが己の身にふりかかるとなれば話は別だろう。
ならば友人としての居心地いい今をこわすことはない。
われながら去勢でもされた犬のようだと思ったが、いたしかたない。
もうだいぶ以前からそう踏ん切りをつけていたのに。
まあ、しょうがない。言葉はもとにはもどらない。
わるい冗談にするには間を逃がした。空耳だというには夜勤の自分たちしかいないここはあまりに静かな事務室だし、
なにより、いいわけはハヤテに引かれて友人関係がこわれないようにするためのものであって、
ゲンマの目の前の平然としたハヤテには繕う必要すらないような気がして、詰めていた息をゆっくり、はきだした。
「別に、どうしようとも」
「・・・思春期前の女の子のようなことを言う」
めをほそめて、ゲンマが犬に例えた事柄をハヤテはそう揶揄した。
どちらの方がうつくしいかなんて、明白だ。
見せつけられた気分になってゲンマは曖昧に笑う。
「忘れろ。気にしねぇでくれ」
きっぱり言いそのくせ、心の中で、おれはまだ忘れられねぇけどと呟いた。
返事しないハヤテの顔に伺えるような表情はなく、二人はどちらからともなく途中だった仕事にもどった。
ペンが紙を掻く音が響きはじめる。
カリカリカリ、カリカリカリ
二つの音はリズミカルに重なり交わる。
だだ広い事務室に音は、そのほかに微かに聞こえる時計の秒針の歩調だけ。
カリカリ、 カチ カリカリ、 カチ カリカリ、 カチ ・・・
カリカリ、 カチ カリカリ、 カチ カリカリ、 カチ ・・・
しばらくして。
「ゲンマさん」
呼ばれ、ゲンマは作業を終えたらしいハヤテに視線をやった。
「わたしには好きな人がいるんですが」
「うそ」
「ホントです。でもその人はわたしのような、人種?はお嫌いだときっぱり言う人で、そうでなくとも、私は矮小で卑怯ですから言う気なんてさらさら無いんですけど。
今の関係を壊すのも、自分の欲をさらすのも、いやです。」
「・・・」
ゲンマさん、と。
ハヤテはまた呼んで、立ち上がって。座ったままのゲンマに驚くほど近づいた。
「・・・いやなんです、本当に。こんな汚らしい情を知られたくなど、ないんです。なのに今、さかりがついたみたいにさわりたくてたまらない。 ご存知でしたか、」
驚きに目を見開いたゲンマに、くす、と、それでもつらそうにわらった。
それを見たゲンマの中に急激に欲が湧く。
ハヤテの言葉を借りるなら、『汚らしい情』が。
ほそい手首をつかむ。その白い指先がかすか震えた。ハヤテは振り払わなかった。
いまだ椅子に座ったままのゲンマに覆いかぶさる形になったハヤテの黒髪が、その影が、ほおに触れる。
・・・それで
どうしますか。
互いに欲に濡れた瞳でわらう。
唆しあう。
ゲンマは腕をのばしハヤテの頭を引き寄せる、
二人分の重さを支えることになった椅子がキリリと鳴った。
***
07/5/13
お題文「かかえているもの」
いろっぽい文目指し…っっ。