細く明るく 硝子のかけらのように光をはじく

 

…天気雨の午後…

 

 

 

 

ふと 何かが肩に触れた気がして歩みを止めた。

 

ポタリ。ポタッ…

 

乾ききっていた土が徐々に黒く染まってゆく。
ハヤテは空を仰いでみるが、頭上には青い空が広がっている。
その間にも ポツリ。
頬に雨水がおちて、首筋へと流れた。

久しぶりの、天気雨。

見渡せば遙か遠い空に黒い雲がとどまっている。
土砂降りとまではいかないながら、途切れることのない雨粒は線となって
燦々と輝く太陽の光を乱反射させながら、この小さな町に降りそそぐ。

きれいだ、
そう思うのと同時に、突然浮かび上がる既視感と 場面。

 

日光のもとまばらに注ぐ雨

草履が地面と擦れる音

長い長い行列

白無垢に身を包み唇に紅を引き やわらかく笑む花嫁

それを遠くに見ながら 強く握られた手のひら・・・

 

睫に溜まった水滴がおちて、ハヤテは我に返った。
もう随分と肩も髪も濡れていた。
止めてしまっていたらしい息をゆっくりと吐き出す。
奇妙なデジャヴも身に覚えのない光景も、昔から慣れたものだった。
しかし以前はもっと不鮮明なイメージだったような気がする。

ここ最近こちらが困惑するほど鮮やかに、脳に投影されるのだ、突然。

 

(・・・病院にでも行った方がいいですかね)

勿論本心ではそれほど深刻に捉えていない。
膨大な書物から得た感覚やらが想像力によって再構築でもされたのではないかと思う。
そういえばハヤテは昔、その両親から「神隠しに遇いそうな子だ」と心配されていたらしい。
どこか浮世離れした子供だったということか。

少し躊躇したあと、学生鞄を頭上にのせて走り出す。
走って行けば五分掛かるか掛からないかだろうか、その内に中の教科書とノートがふやけないようにと願いつつ。

出来かけた水たまりがバシャバシャと音を立てる
相変わらず空は晴れたままで、しかしその雨足は弱まろうとしない。
緩やかな坂を駆け上がる、するとその一番高くなっている場所に何か光るものがあることに気づく。

 

最初は目の錯覚かと思った。

 

ラフなジーンズに白いYシャツ。なにより、目の覚めるような…金糸の髪。
長身の男が、微動だにせず立っていた。
濡れた金髪が太陽の光をうけて輝く。
きらめく雨の中、それは余計に際だって見えた。
男は一歩踏みだし、こちらに向かって歩んでくる。
ハヤテの背筋がゾクリ、とふるえた。
理性ではなく直感で、この男は得体が知れないと感じた。
ひたと見据えられた眼は、ハヤテが今まで見たことのない色をしていた。
人間離れした…それこそ

 

(獣のような)

 

男はハヤテの目の前にまで来て止まる。
逃げた方がいいと思いはするのだが、足が地に張り付いて少しも動かない。
彼はゆっくりと唇を開く、その口から牙が覗いていないのが不思議だった。

 

「ハヤテ」

 

呼ばれたハヤテは目を見開いた。
なぜこの人が自分の名前を。
ハヤテの動揺に気づかず、男は無表情を崩した。

「ハヤテ…探した」

ほっとしたように言う男は雰囲気が和らいでいた。
妖しい色の瞳も今は細められていた。
ハヤテも緊張しきっていた躰からすこし力が抜ける、しかし腕を捕まれてそれは長く続かなかった。

「な…んですか」

「帰るんだ。ったく、心配かけやがって」

ぐいぐいと引っ張られる。その力の強さに驚きながらもハヤテは必死に抵抗した。
わけがわからない。帰るって、一体どこへ?

(というかこの人はなんなんだ)

男はそんなハヤテの様子に憮然とした、少し苛立ったような顔で振り返る。
そしてまた口を開く。が、言葉を発する前に噤まれてしまった。
ハヤテのことを上から下までじろじろと見回した。
ハヤテはとても居心地が悪かったが、その眼と捕まれた腕のせいで離れることは叶わない。
男の視線がハヤテの顔に戻る。




「・・・忘れちまった、のか?」

 

酷くせっぱ詰まった、表情だった。











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06/4/3

お題「天気雨の午後」
続きます…。