そういえばいっしょに写真をとったことがない。


 

 

カル

 




ハヤテとは中学の頃からの友達だ。

クラスも重なることが多くて、自然、一緒にいる時間も多かった。
よく他の友人に、おまえと月光のとりあわせは意外だよなぁ、と笑われたが確かに、
制服をさんざ着崩した黄色い頭の俺と静かで優等生なあいつでは悪目立ちもしような、と今では客観できる。
高校に上がりだての頃はいつもの調子で口論していただけなのに(しかも俺が劣勢だったのに)カツアゲか何かと勘違いした教師に仲裁に入られたのは一度や二度じゃない。
そしてその度「あなたの日頃の行いが悪いんですね」とばかりに、やな感じで笑ったハヤテの顔。
先生まちがってますこいつ俺よかよっぽど悪辣ですと何度訴えそうになったことか。


しかしまあ、何だかんだで俺らはつるんでた。
ハヤテのとなりは居心地がよかった。楽だった。
気負いだの遠慮だの他人に張っちまうすこしの見栄だの。全部をとっぱらって過ごせる気がした。
言葉もあんまりいらねえな、と思った瞬間すらあった。
それぞれの家に遊びに行って、奴はもくもくと本読んでて、ただそれだけでガッコとか家とかで知らずため込んでたものがほぐれてとけていくような安心感があった。不思議と。
ハヤテは辛気くさい奴だったが、それを厭わないあたり俺も同類なのかな、と思ったりした。

 




ぺらりとぶ厚い地の卒業アルバムを捲る。

 


六年間も一緒にいて、俺は奴と写真をとったことがない。
いや、クラスの集合写真でならある。数枚、40人ものクラスメイトの一員として。
米粒ほどの小さい顔は本人だと確認するのがやっとだ、
思いたって、何年ぶりかに開いた卒業アルバム。
なつかしいとつい呟くほどには過去になった、友人達の顔。

撮ったのは夏服になってすぐだった。
背景の青で縁取られたハヤテの顔、いつも青白かったそれはより白いYシャツのおかげでいくらか健康そうに見えた。

でも違う。
漠然とおもってしまう。

確かにこれはハヤテだけれど、俺の知ってるハヤテとは別人だ、とかバカなことを考えてしまう。
きっとこの写真の方が正しいのだろう、覚えているつもりでもボロボロ記憶は指の間からこぼれ落ちる、ああそうじゃない、こんな写真に写るような表面のことを言いたいんじゃなくて。


けど俺があいつについて何を知っていたっていうんだ。

 


喧嘩別れしたわけでもない、陽気に互いの門出を祝いながらの別離だった、
そして示し合わせたように連絡の絶えたともだち。
きっと誰より、どの他人より長い時間を共有したろうに、一番仲が良かったろうに、あいつの声すらもう擦り切れている。
記憶の食い違い、四角く切りとられた真面目くさったハヤテの隻影。
どうしようも無い違和感、けれど俺の手元に鮮明なあいつの写真はこれっきりだ。
いくらだって撮る機会はあったのに。
夏休みだとか正月だとか、その他もろもろのイベントで。
修学旅行の時、相部屋になった俺たちを含めた数人で、畳の上で人間ピラミッド作ったりのバカにはしゃいだ写真をライドウが撮ってたはずだが、とうとう奴は配らず仕舞いだったし。
それとも俺が受けとらなかったのか。覚えていない。
ふと思いついて油断しているハヤテをケータイでパシャリ。なんてこともした。
その度やめてくださいよ、っつわれて笑いながら素直に消した。

それを今更残念におもう。



俺たちは、男二人でこっぱずかしい、とでも思っていたのか。確かにそうだった。
しかしそれ以上に、確かなかたちとして具現化したくなかったのではないか。
相手の顔も表情も、へたに写真などに残さずにその場限りのものにしてしまいたいと、
ふたりで写った写真さえなければ、離れた後は思い出しもすまいと、忘れられると、
そう信じていたのだろうか。あの頃の俺は?

 



卒業式の日。
最後にあった日。
二人が話す直前まではそれぞれの友人と撮りあっただろうインスタントカメラ、それを制服のポケットにねじ込んだのはお互い様で。
例年より早くに咲いた満開の桜の下、みっともなく声が上擦りそうなのを誤魔化して軽口をたたいて無理矢理笑って。
お前も妙なくらいにしろくあかるく振る舞っていた。


なぁ、俺たちは、あの頃の俺たちは
そんなに意固地なまでに一途なまでに、何を一体隠してた?


 





俺も変わった。
都会の人の波の中、ハヤテも当然変わったろう。
数年前から時間のとまったあいつの姿、この卒業写真よりももっと別人なおまえがいるはずだ。

俺は目をとじる。


 


昨日、アンコが久しぶりに電話してきて、ハヤテ帰って来るんだって、とはしゃいで言った。
今度から仕事はこっちで腰を据えるらしい、そう聞きながら俺は静かに想う。
ハヤテ。
お前がどんなに変わっていても。
最後にあったあの時みたいに、お前が相変わらず、俺とおなじに、忘れられもせずに、捨てることも出来ずに隠したままで笑うなら。
言ってしまおうか。

学生だったあの頃より、狡くもなったしふてぶてしくもなった俺はどんなに結果が悲惨でも大人の嘘で手管でうまくごまかし笑えるさ。
大人にしては幼稚なことばで、あの頃の気持ちのまま、
好きだ、と、言ってしまえる。






来週の土曜。
ハヤテの帰省で急遽決まった同窓会。


( 今なら )


そう、今なら。

写真をとろう、とも、言えるだろう。

恥ずかしげもなく、内心心臓ばくばくさせて。




まだ見ぬ旧友との再会を想いながら、すこしずつ夜は更けてゆく。







 

 

 

***

07/7/26

お題「ローカル」
写真を撮るのって変に勇気が必要なときがある、ので…。
取って付けたようにゲン誕だと言ってみる。